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ピナ・バウシュ IV

 ピナの生家はカフェを営んでいました。1978年にウッパタールバレエ団でピナ自身がピナの役で踊っています。この作品のテーマは夫婦間の孤独で、その間で苦悩する娘(ピナ自身)の回想という設定です。ダンスの新しい表現の可能性を生み出した作品です。

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ピナ・バウシュ III

 ピナのスタイルは自身も経験した、戦争で自身のイデオロギーを見失ってしまった人々を描くという、いわば一種の時代の証言であるといえます。それが彼女の作品が支持を得る理由であるといえるでしょう。ピナの作品の登場人物はコミュニケーション能力に問題があったり、子供時代のトラウマから抜け出られなかったりするちょっと「変な人」です。それがヨーロッパのみならず、現代の日本でも支持されるというのはいつの時代にも共通する人間の「孤独」という問題を扱っているからでしょう。それを時には暴力的に、時には風刺的に表現しているのです。

ピナ・バウシュ II

 1940年にゾーリンゲンで生まれたピナは、14歳でエッセンのクルト・ヨースの元でモダンダンスを学びます。その後ニューヨークのジュリアード音楽院で交換留学生として入学し、メトロポリタンオペラバレエ団などで踊っています。その後、ドイツに帰り、エッセンで舞踏大学の教授に就任。数々の作品を発表します。そして1973年にウッパタールバレエ団の芸術監督に就任します。またフェリーニの映画や坂本龍一のオペラにも出演。メディアにも多く登場しています。2009年に惜しくも癌で亡くなりました。享年68歳。

ピナ・バウシュ I

 現代の振付家のうちで最も注目されている人物のひとりがピナ・バウシュです。1940年ドイツで生まれ、モダンダンスの大家クルト・ヨースに師事した後、ダンスと演劇の融合した舞台を作り上げました。それを彼女自身がダンステアターと名づけます。

 ピナの主題はナチズムやホロコーストの後遺症を受けた、彼女の世代のドイツ人女性の姿を描いたもので、どちらかというと人間の負の部分を描いています。そのため必ずしも誰もが見て楽しめる内容ではありません。ではなぜ彼女の作品がこれほど支持を得るのでしょうか。

クルト・ヨース IV

 1933年ヨースは、ナチスに協力者であったユダヤ人フリッツ・コーエンとの絶縁を命じられ、それに叛いたとしてドイツからの亡命を余儀なくされます。ヨースはオランダを経てイギリスに逃れ、そこで活動を続けます。1949年になってようやくドイツに帰ったヨースはエッセンに落ち着き、その後19年に亘って創作活動を続けます。そのかたわら後進を育てることにも心血を注ぎ、ピナ・バウシュはそこで学びました。

クルト・ヨース III

1932年、パリで開催された国際振り付けコンクールに出品された作品『緑のテーブル』で、ヨースは首位を獲得しました。

妖精物語ではなく、時事問題を扱う、時代に沿ったストーリー性のある作品を作ることを好んだヨースは『緑のテーブル』で戦争をテーマにしています。

バレエは緑のテーブルを囲んだ支配者達が交渉決裂し、お互い銃を片手に宣戦布告するところから始まります。そして別れ、戦闘、ゲリラ、移民などの場面が展開し、最終的には骸骨の象徴する「勝利」が死のダンスを踊ります。

クルト・ヨース II

 クルト・ヨースはユダヤ人作曲家フリッツ・コーエンと協力してダンスと音楽のみによって、演劇的効果のある作品を創ることを目指していました。ヨースはモダンダンスのテクニックのみならず、1926年にパリに留学し、クラシックバレエも学んでいます。クラシックバレエを否定する風潮の強かった時代のモダンダンサーとしては風変わりな傾向だといえるでしょう。ではヨースは何をクラシックバレエに求めていたのでしょうか。

 ヨースの作品には他のモダンダンスの作品には見られないような跳躍が出てきます。ブルノンヴィルなどの作品ほど特徴的には使われていませんが、バレエのジャンプのテクニックを作品に効果的に取り入れています。