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裸足のイサドラ III

★イサドラの足跡

 イサドラはフランス、アメリカ、ロシアと世界のあちこちで自分の流派の学校を設立し、教えを広めようとしました。ですが、モダンダンスの創始者とされるイサドラがあまたあるその先駆者たちのひとりにすぎなく、彼女の独自性というのはそのメソッドよりもギリシア風の衣装と裸足といういでたちに尽きるのではないかという気がします。

 なにはともあれ、モダンダンスというアメリカを源泉としたダンスの潮流が20世紀の西洋舞踏にあたえた影響は、はかり知れないものがあるといえます。

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裸足のイサドラ II

★モダンダンスの誕生とイサドラ

 イサドラが創めたとされるモダンダンスは、フランスのオペラ歌手フランソワ・デルサルトの理論を発展させたものといわれています。デルサルトは発声法とジェスチャーによる独自の感情表現のメソッドを開発した人で、それがアメリカに渡り、体操にも取り入れられ、身体表現としての体操という考えからモダンダンスが生まれるきっかけとなったようです。イサドラ以外にもルス・セント・デニス、ルドルフ・ラバン、F.M.アレキサンダーといったアメリカのモダンダンスの先駆者たちがデルサルトのメソッドから影響を受けています。

裸足のイサドラ I

★裸足のイサドラ

 ブルノンヴィル以降、西洋のダンス史上に新しい流れが加わります。重力からの開放を目指したバレエに対し、シューズを脱いで、重力に身をまかせる方法を採ったモダンダンスです。

 モダンダンスはアメリカの舞踏家、イサドラ・ダンカンが創めたといわれています。古代ギリシア風の衣装に身を包み、裸足で踊ったイサドラ・ダンカンは1878年、サンフランシスコに生まれました。トゥシューズで踊るバレエを否定し、裸足で一枚の布を裸の肉体の上に羽織っただけの姿で踊るイサドラのダンスはモダンダンスとして知られるようになります。

 イサドラのダンスの理論というのは、「音楽を聴いて、それを感じるままに動いてみる」というもので、とにかく「自然への回帰」を軸にしています。ギリシア彫刻や壷、ロダンの彫刻、また万博で見た貞奴の日本舞踊などから、インスピレーションを得たといいます。

 では彼女の憬れる「自然」というのは何だったのでしょうか。
 
 それは舞踏としての自然な動きを意味する以前に、いわゆるアメリカ的なピューリタン(清教徒)の教えに対するものだったと思えます。なぜなら、バレエよりも日本舞踊を「自然」であるとするなら、それは踊りの名手貞奴の見せた錯覚で、実際は日本舞踊も厳格な型を基準にしているので。イサドラは後に結婚を否定する共産主義に走ったりもしますが、それもアメリカのピューリタンの社会の中での女性の地位、夫に縛られる妻というあり方に疑問を持っていたからでしょう。