クルト・ヨース III

1932年、パリで開催された国際振り付けコンクールに出品された作品『緑のテーブル』で、ヨースは首位を獲得しました。

妖精物語ではなく、時事問題を扱う、時代に沿ったストーリー性のある作品を作ることを好んだヨースは『緑のテーブル』で戦争をテーマにしています。

バレエは緑のテーブルを囲んだ支配者達が交渉決裂し、お互い銃を片手に宣戦布告するところから始まります。そして別れ、戦闘、ゲリラ、移民などの場面が展開し、最終的には骸骨の象徴する「勝利」が死のダンスを踊ります。

クルト・ヨース II

 クルト・ヨースはユダヤ人作曲家フリッツ・コーエンと協力してダンスと音楽のみによって、演劇的効果のある作品を創ることを目指していました。ヨースはモダンダンスのテクニックのみならず、1926年にパリに留学し、クラシックバレエも学んでいます。クラシックバレエを否定する風潮の強かった時代のモダンダンサーとしては風変わりな傾向だといえるでしょう。ではヨースは何をクラシックバレエに求めていたのでしょうか。

 ヨースの作品には他のモダンダンスの作品には見られないような跳躍が出てきます。ブルノンヴィルなどの作品ほど特徴的には使われていませんが、バレエのジャンプのテクニックを作品に効果的に取り入れています。

クルト・ヨース I

  20世紀のモダンダンスの巨匠であるピナ・バウシュが師事し、影響を受けた舞踏家のひとりがクルト・ヨースです。

 1902年西ドイツに生まれたヨースはナチスドイツの台頭、そして第二次世界大戦という激動の時代を生き抜いた時代の証人でもあります。

 ルドルフ・ラバンの元でダンサーとして活躍した彼はその後ダンスと演劇との融合を試みた作品を生み出していきます。

くるみ割り人形 III

★チェレスタと金平糖の精

 甘い甘い旋律の金平糖の精の曲。それは最初はアルモニカという、ガラス製木琴のために書かれたものでした。しかしチャイコフスキーは後に当時発明されたばかりであった、チェレスタという楽器で演奏するよう、楽器指定を変更しています。チャイコフスキーは他の作曲家に先駆けてこの楽器を使用することを望んだため、初演までこの楽器を使うことを公にしませんでした。現在この曲はチェレスタを用いた最初の作品として知られています。

くるみ割り人形 II

★演出あれこれ

 『くるみ』の音楽やテーマに魅せられた振り付け家が思い思いにアレンジした様々な演出が試みられて現在に至りますが、大きく分けて次のような演出があります。

 ドロッセルマイヤーと王子を同じダンサーが踊るもの。
 くるみ割り人形と王子を同じダンサーが踊るもの。
 クララと金平糖の精を同じバレリーナが踊るもの。
 クララは全編を通じて子役が踊るもの。

これらの配役の組み合わせで同じ音楽で、同じ振り付けでも全く違った作品のようになるから不思議です。たわいのない作品ですが、それだけに幅の広い解釈が可能な作品だといえるでしょう。

くるみ割り人形

金平糖の精の踊り

 くるみ割り人形はクリスマスの夜に少女クララが、夢の中でプレゼントされたくるみ割り人形に導かれて、お菓子の国を旅するというお話です。初演は1892年、サンクトペテルブルグ。音楽チャイコフスキー、振り付けはマリウス・プティパの予定でしたが、急遽病に倒れたため、弟子であったレフ・イワノフの手に委ねられました。

★あらすじ

 クリスマスイブの夜、クララの家では盛大なパーティーが開かれています。ドロッセルマイヤー(実は魔法使い?)はクララに兵隊の形をしている、くるみ割り人形をプレゼントします。その夜、皆が寝静まった後、くるみ割り人形は王子になってクララをお菓子の国に連れて行きます。
 お菓子の国では様々な踊り、スペイン、アラビア、中国、ロシア、葦笛の踊り、花のワルツ、金平糖の踊り等等が披露されます。

トゥシューズ

バレリーナといえばトゥシューズ、というほどバレリーナとトゥシューズの関係は切っても切り離せないものがあります。どんなダンスでもシューズというのはそのアイデンティティを示すものであるといっても過言ではありません。バレエではトゥシューズ、タップダンスはタップシューズ、社交ダンスではハイヒールのダンスシューズと、それぞれ踊りの特色を生かすためのシューズがあります。中には裸足で踊るダンスもありますが、ほとんどの場合「えっ、これでどうやって激しく動くの?」という特殊なものだといえます。
それらの靴を履きこなして優雅に踊るというのが技術なわけです。トゥシューズの場合も例外ではなく、何年もに亘る訓練が必要です。

トゥシューズの寿命

 決して安価ではないトゥシューズですが、その寿命は短く、ダンサーによっては一日に何足も履き潰す人もいます。新品のシューズは固いので、つま先だけ固いままにしたまま土踏まずや足の指の付け根にあたる部分だけ柔らかくして、履きやすくします。そのために固いものでたたいたり、水でのり付けしてある部分をを溶かしたりといろいろな工夫がなされますが、やりすぎると柔らかくなりすぎて寿命が縮まったりします。そのあとゴムやリボンをつけて、足にしっかりなじむようにします。使用した後は汗などで湿ってしまいますので、しっかり乾かします。確かにトゥシューズは扱い辛くデリケートなものですが、丁寧に扱うと案外長持ちするものです。

トゥシューズのしくみ

 足の形は千差万別です。また日によって変化します。ダンサーはなるべく自分の足に合った履きやすいシューズを求めています。市販のトゥシューズメーカーではそんなバレリーナたちの要望に答えるべく、日々研究開発が盛んになされています。

 ではトゥシューズとはどんなしくみになっているのでしょうか。

 まずつま先で立つためのサポート部分として、ボックスと呼ばれる、トゥで立った時に直接床に触れる部分と、シャンクと呼ばれる足の指をすっぽり覆う部分があります。そしてソール、いわゆる靴底部分です。ボックスやシャンク部分は何枚もキャンバス地を重ねて糊付けしたものや、さらにその上に厚紙やプラスチックで強度を増したものなどがあります。そしてその上をサテンの薄いピンクの生地で覆います。希に黒や赤、白など衣装に合わせた色のトゥシューズもあります。ソールは革でできています。メーカーによって、固い革を使っているものもあれば、柔らかい革を使っているものもあります。

トゥシューズの歴史

 ダンスの歴史上トゥシューズが登場するのは意外と遅く、18世紀に入ってからです。かのマリー・タリオーニが使用していた靴はただのサテンの布のシューズで、つま先部分が少し強化されていただけに過ぎないものでした。それで『シルフィード』をつま先で踊っていたのですから、彼女のバランスがどれだけ優れていたかを伺い知ることができます。後にイタリア人のバレリーナピオリーナ・レニャーニはつま先で立つ部分を強化したトゥシューズを履いていたといいます。20世紀に入ってから、偉大なバレリーナアンナ・パブロワが靴底に革をつけることを考案し、大きな成功を納めました。当時の人々の中には「ずるい」との批判もあったようですが、今日のトゥシューズの原型となりました。